国産車・輸入車の区別って本当に必要なのか? 〜クルマについて思うこと〜

国産車・輸入車の区別って本当に必要なのか? 〜クルマについて思うこと〜

 

僕は生まれついてのクルマ好きだ。 これまで47年人間をやってきたが、片時もクルマのことを忘れたことはない。

そんな感じだから、今も気がつけばクルマの情報を収集している。

情報の収集源といえば昔はカー雑誌か、さもなければメーカーのカタログがメインだったけれど、現在はインターネットが発達したおかげで、各自動車メーカーのホームページやクルマ関連のサイトから引っ張る情報量の方が多くなってしまった。

で、メーカーのホームページはさておき、どのクルマ関連のサイトを見ていても気になるのが【意地でも国産車と輸入車を区別しよう】【輸入車の方がエライんだぜ!】という意図がミエミエの、輸入車至上主義の表現が散りばめられている、ということだ。

 

いろいろ見て触ってきたからこそ言えること

 

僕は幸いにも幼い頃から輸入車に触れる機会があった。

具体的にはメルセデスやポルシェだ。

今思い返しても、これらのクルマたちはコンディションさえよければ、特に高速での運動・動力性能に優れ、本当にいいクルマだったと思う。

ただ、ひとつだけ納得いかないことがあった。

それは当時やはり家にあった母親用のトヨタ・コロナに比べて遥かに高価なくせに、割とすぐに電気系統やメカ系統のトラブルを引き起こし、コンディションを崩すことだった。

あの当時の国産車は【信頼性】だけが唯一のウリで、肝心な運動・動力性能は二の次だった。

それゆえに、本来重視されるべき工業製品としての信頼性と引き換えにしてでも、運動・動力性能に優れる輸入車に乗る価値があると皆が信じていた、そんな時代だったのだ。

その価値観が徐々にひっくり返り始めたのが、1989年だ。

この頃に登場した国産車は、本当にそれまでの国産車に対する認識を改めざるを得ない完成度を誇るものが多かった。

具体的にはR32型スカイライン、初代セルシオ、ユーノス・ロードスター、 Z32型フェアレディZなどである。

ちなみに、当時の我が家にはBMW750iL(E32)と日産フェアレディZ(Z32)があり、すでに免許を持っていた僕もよく乗る機会があったが、フェアレディが納車され、ドライビングした時にハッキリと思った。『これは輸入車を超えたな』と。

それに引き換え、BMW750iLはV12エンジンを搭載して夢心地の走りをするクルマだったが、電気系統がからきしダメで、よくコンディションを崩していたものだ。

当時の価格で約1,300万円もするクルマだったのに、である。

ちょうどこの頃学生だった僕は、近所の料亭でお客さんが乗ってきたクルマの回送のアルバイトを始め、下は軽自動車から上はロールス・ベントレーに至るまでそれは本当に世界中のいろんなクルマに乗ることができ、結果、僕の頭の中には膨大な数のクルマのデータベースが蓄積された。

以後、このデータベースが僕のクルマの価値判断基準となっている。

時代は流れて国産車のレベルはどんどん上がり、信頼性の高さはもちろん、市街地や高速を問わず運動・動力性能でも輸入車と肩を並べるまでになった。 さらに最近では、国産車の欠点のひとつだったデザインにも本気で取り組むメーカーが現れ、もはや輸入車を積極的に選ぶ理由が希薄になりつつある。

  

 

僕は直近でいうと、VWゴルフGTI(Ⅳ)、マツダ・アクセラを2台(BL、BM)と3台のCセグメントカーを乗り継いでるが、正直なところ、もうよほどのことがない限り、VWには戻ることはないし、逆にマツダ以外に浮気することもないだろう。

いや、実をいうとスバルのクルマも気にはなるけれど、内外装のデザインがもっとよくなればなァ、というのが正直なところだ。

   

VWゴルフはとてもいいクルマだったが、いかんせん信頼性に関しては(??)な部分が散見されたし、その時のディーラーの対応に関しては(???)と感じざるを得ないことが多かったのが大きい。

一方のマツダは日本の自動車メーカーの中では昔からヨーロッパで活躍するクルマづくりをしており、日本国内で売られるプロダクツもやはり日本車離れした、ヨーロッパの香りがプンプンするクルマが多かったが、残念なことに、以前のここのクルマは全体的にガサツで品質も低く、すぐにヤレるようなクルマばかりだった。

しかし最近のマツダ車はそんな昔のネガな面影は全くなく、現在乗っているBM型アクセラに至ってはデザインも秀逸なので、もう他のメーカーに行く気がしない。

長々と駄文を書きたくってきたが、結局何が言いたいかというと、もはやコクサンとかガイシャとかいう線引きというか区別をすること自体がナンセンスであり、世界レベルで俯瞰して見るべきなのでは?ということだ。

その上で、価値観というのは人それぞれだから、いろいろ比較検討して自分にふさわしいものをチョイスすればいいのでは?ということだ。

輸入車乗りが上から目線で無条件に日本車をこき下ろす時代は終わったのだ。

クルマなら軽自動車でもトラックでもなんでも好き、そんな僕が最近とみに感じることである。

 

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徳川貴文(Takabou)
何ものにも縛られないストレスフリーなライフスタイルを追い求めてマルチに働きマルチに遊ぶ自由人です。一度きりの人生を自分らしく自分の価値観で面白おかしく自由に生きるために、日々活動しています。詳しいプロフィールはこちらからどうぞ。